青窯会について

理事長挨拶

 

rijicho03京都・東山、御寺泉涌寺のほとりで、京焼・清水焼の制作に励む陶芸家・職人の街にある”青窯会会館”へ来て見ませんか。会員の制作した焼きものの数々を展示・販売して居り、又、陶芸教室や体験教室も常時行っています。
ここ泉涌寺の地では大正時代の初期より約90年間、京焼・清水焼一筋に作陶を生業とし、著名な陶芸家や技の確かな職人さんを輩出して来ました。これからも京焼・清水焼に懸命に取り組んで参ります。
焼きものの真髄に触れたり体験をしてみたい方、又、将来陶芸家として仕事に打ち込みたい若い人、是非、泉涌寺の地へお越し下さい。きっと何かに出会えるはずです。

京都青窯会協同組合 代表理事
森 俊次

青窯会のあゆみ

泉涌寺地区の開窯から青窯会の設立まで

泉涌寺地区は、もともと『京都府愛宕郡今熊野村字東林寺』と呼ばれ、戒光寺の末寺の東林寺のあったところであった。
この地は「やきもの」とは古くから縁があり、太閤秀吉が大仏殿造営にあたり、この地に瓦窯を築かせ、「大仏瓦」の名で、東林町にも十数軒の瓦窯が大正初年まであったそうである。
明治38年、泉山了谷がこの地に「やきものの窯」を築き、明治41年、宇野仁松が「登り窯」に改良して焼造した時から起算して、開窯100有余年になる。
そして五条坂から先人達が登り窯を築いて、京焼・清水焼を開窯したのが大正3年。1番多い時で14本もの登り窯が煙を上げていた。
しかしその間、順風満帆での歴史ではなく、大正12年の世界的な不況、太平洋戦争、企業整備、若者は戦場にかり出され、帰らぬ人になった人々も計り知れない。こうして幾つかの大きな試練を経て、戦後につながるのである。

京都青窯会発足から協同組合結成へ

昭和30年頃から、伝統産業界では京都府の指導により青年会の結成が相次いだ。そのなかで、昭和35年10月、(任意団体としての)泉涌寺青窯会が発足したのである。
昭和43年、現在の青窯会の土地が入手し、その年の12月、「京都青窯会協同組合」が結成された。

会館建設からそれ以後

gaikan01昭和50年5月、青窯会会館が完成し、名実ともに我らの拠点ができたのである。
昭和56年からは東福寺での秋の出店、昭和61年には若者の意欲を結集し、「泉涌寺陶磁器青年会」が発足。平成6年より、秋に「もみじ祭り」を開催。地元をギャラリーに見立てた作陶展や即売を行い、平成9年からは展覧会やお茶席も設け観光客に親しんでもらっている。
この様に、泉涌寺地区は先人達から見れば眼を見張る発展を遂げている。

青窯会年表

年 号西暦月日地区窯業年表京都の窯業界と世相年表
天正14年1586年 山中山城守泉涌寺地区にて大仏瓦を焼く 
大正3年1913年 島村久三郎、泉涌寺地区にて開窯 
昭和35年1960年10月京都青窯会発足 70名 
 39年1964年4月第1回 京都青窯会作陶展 (以降、毎年開催)東京オリンピック
 43年1968年11月京都青窯会協同組合設立 
 45年1970年  大阪万国博覧会
 50年1975年5月青窯会会館完成 
 52年1977年  伝産法による「京焼・清水焼」名称認定
 53年1978年9月協同組合10周年記念行事世界クラフト会議協賛 
   12月京都府 推奨組合に表彰 
 58年1983年12月京都府より優良組合として表彰 
 61年1986年 泉涌寺陶磁器青年会発足 
平成3年1991年  バブル崩壊
 6年1994年11月泉涌寺窯もみじまつり(地区一帯・以降、毎年開催) 
 7年1995年  平安建都1200年